私たちは、
正しいことをしているはずなのに、
どこか苦しくなることがあります。
社会は便利になり、
知識も増え、
選べるものも多くなりました。
それなのに、
なぜか心は軽くならない。
むしろ、
正しさを求めるほど、
生きづらさが増しているように感じることもあります。
この感覚は、
特別なものではないのかもしれません。
多くの人が、
うまく言葉にできないまま、
どこかで感じていることではないでしょうか。
では、
この違和感はどこから来るのでしょうか。
私たちは毎日、
さまざまな考え方の中で生きています。
けれども、
その前提になっている「ものの見方」そのものを、
あらためて考えることは、あまりありません。
何を正しいと思うのか。
何を当たり前だと思うのか。
何を疑わずに受け入れているのか。
そうしたことを、
少しだけ見つめ直してみると、
今ある違和感も違って見えてくるかもしれません。
ここで、
急いで答えを出す必要はないのだと思います。
まず大切なのは
問いを持つことなのかもしれません。
そのとき、
避けて通れない問いがあります。
それは、
「私たちは何者なのか」という問いです。
私たちはふだん、
自分を日本人だと思って生きています。
けれども、
「日本人とは何か」とあらためて問われると、
はっきり答えるのは簡単ではありません。
だからこそ、
一度立ち止まって考えてみる意味があるのではないでしょうか。
本書は、
そのための入口として書いています。
すぐに結論を出すためではなく、
見過ごしてきた前提に、
静かに目を向けるために。
そのところから、
始めてみたいと思います。

