夜、スマートフォンを閉じたあと、
何を読んでいたのか分からなくなることがあります。
正しい言葉。
怒った言葉。
新しい考え方。
誰かの批判。
たくさん読んだはずなのに、
自分の暮らしに何が残ったのか、
よく分からない。
そういう日があります。
古い言葉は、
今の生活には合わないように見えることがあります。
仕事の速さ。
家計の重さ。
家族との沈黙。
言いたいことを飲み込む場面。
そうした現代の疲れに、
古いものが何の役に立つのかと思うこともあります。
けれど、
本当に遠いだけなのでしょうか。
昔の人も、
迷わずに生きていたわけではないはずです。
人との関係に悩み、
家を支え、
社会の中で自分の立ち方を考え、
見えないものに支えられながら暮らしていたのかもしれません。
そう思うと、
古い言葉が、
急に遠いものではなくなることがあります。
この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。
今の暮らしの違和感は、
今だけで生まれたものなのでしょうか。
それとも、
昔から人が抱えてきた問いが、
形を変えて戻ってきているのでしょうか。
分かりません。
ただ、
古いものと今を切り離さずに見ると、
自分の疲れや迷いも、
少し違って見えることがあります。
スマートフォンを閉じたあとの静けさの中で、
今の暮らしに戻ってくる古い問いが、
ほんの少しだけ聞こえることがあります。

