政治は、遠い場所だけの話なのか

通学路の横断歩道で、
子どもたちが列になって渡っているのを見ることがあります。

車が止まり、
旗を持った人が立ち、
信号が変わるのを待っている。

何気ない朝の風景です。

けれど、
そういう風景を見ると、
暮らしは自然に整っているわけではないのだと思うことがあります。

道がある。
信号がある。
学校がある。
決まりがある。
誰かが見守っている。

どれも、
普段は当たり前のように思っています。

政治という言葉は、
遠く感じることがあります。

ニュースの中の話。
議会の話。
争いの話。
誰かを批判する言葉。

スマートフォンを開けば、
そうした強い言葉が流れてきます。

見ているだけで、
少し疲れてしまうこともあります。

けれど、
政治が担っているものは、
争いだけなのでしょうか。

昔の人なら、
政治をただ権力の話として見たのでしょうか。

それとも、
人々が安心して暮らせるように、
道を整え、
秩序を保ち、
毎日が荒れないようにする働きとして、
受け止めていたのでしょうか。

分かりません。

ただ、
政治が遠いものに見えるときでも、
その働きは、
朝の横断歩道や、
夜の街灯や、
守られている道の中にあるのかもしれません。

この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。

子どもたちが道を渡り終えたあと、
いつもの朝の風景が、
少しだけ大きな支えの上にあるように見えてきます。

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