道徳は、どこで働いているのか

電車で席が一つ空いたとき、
座るかどうか少し迷うことがあります。

自分も疲れています。

けれど、
近くに荷物を抱えた人が立っている。
年配の人が乗ってきた。
誰かが少しつらそうに見える。

誰に言われたわけでもありません。

決まりとして書かれているわけでもありません。

それでも、
その場で一度だけ考えることがあります。

道徳という言葉は、
少し遠く聞こえることがあります。

学校で習うもの。
古い教え。
きれいごと。

そう見えることもあります。

けれど、
実際には、
道徳はもっと小さなところで働いているのかもしれません。

順番を守ること。
強く言いすぎないこと。
人の話を最後まで聞くこと。
誰も見ていないところで、少し気をつけること。

そういうものは、
目立ちません。

けれど、
それがなくなると、
暮らしはすぐに荒れてしまいます。

スマートフォンの中では、
正しさが強く語られます。

けれど、
暮らしの中で必要なのは、
誰かを負かす正しさだけではないのかもしれません。

この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。

昔の人なら、
道徳を言葉だけのものとして見たのでしょうか。

それとも、
日々の振る舞いに出る心の向きとして、
受け止めていたのでしょうか。

分かりません。

ただ、
席を一つ譲るかどうか迷う短い時間にも、
自分が何を大切にしているかが、
少しだけ出てしまうことがあります。

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