なぜ武士は死を前提にしたのか

武士道について考えるとき、多くの人がまず引っかかるのは、
死に対する考え方ではないでしょうか。

なぜそこまで死を意識するのか。
なぜ命を懸けることが、それほど重く受け止められたのか。

現代の感覚から見れば、極端に思えるのも自然なことです。

私たちは通常、できるだけ生き延びること、
できるだけ損を避けることを当然の前提として考えます。

それに対して、武士の世界では、
死を避けることだけが最優先ではなかったように見えます。

この違いは、どこから来るのでしょうか。

たとえば、新渡戸稲造は『武士道』の中で、
武士の倫理を義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義といった徳として整理しました。

また、『葉隠』には、
武士道とは死ぬことと見つけたり、という有名な言葉があります。

この言葉だけを見れば、
ただ死を勧めているようにも見えるかもしれません。

けれども、そこで問われているのは、
単に死を選ぶことではなく、
どのような基準で生きるかということだったのではないでしょうか。

迷いが生まれるのは、
どちらを取るべきかが定まらないからです。

そのとき、あらかじめ自分の基準を定めておくことで、
迷いを断ち、行動を明確にする。

武士が死を前提にしたのは、
死そのものを美化するためというより、
生き方の基準を曖昧にしないためでもあったように思えます。

もちろん、そのまま現代に持ち込める考え方ではないでしょう。
けれども、何を基準にして生きるのかという問い自体は、
今もなお残っているように思えます。

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