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人には、
ここだけは譲れないという顔をする時があります。
得をするわけではありません。
楽になるわけでもありません。
むしろ、
黙っていた方が丸く収まることもあります。
それでも、
そこだけは引けない。
そういう場面があります。
忠義や名誉という言葉は、
今では古く聞こえるかもしれません。
誰かに尽くすこと。
人からよく見られること。
そう受け止めると、
少し窮屈にも感じます。
けれど、
忠義や名誉は、
本当に人に見せるためだけのものだったのでしょうか。
自分が何を守る人間なのか。
どこで退かないのか。
何を粗末にしないのか。
そうしたことを、
自分自身に問う言葉でもあったのかもしれません。
この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。
昔の人なら、
忠義や名誉を、
ただ世間体として見たのでしょうか。
それとも、
守るものを持つ人が、
自分を見失わないための支えとして受け止めていたのでしょうか。
分かりません。
ただ、
守るものがある人の顔は、
大きく語らなくても分かることがあります。
その顔を思い出すと、
名誉という言葉も、
人に見せる飾りではなく、
自分の中で崩してはいけないものに近づいて見えてきます。





