いつもの暮らしに、少し引っかかる日

疑問:
なぜ、何も変わっていないのに、少しだけ引っかかるのだろうか

揺らぎ:
過去:何も考えずに過ごしていた日
 現在:いつもの暮らしの中で、なぜか立ち止まってしまう瞬間
 未来:その小さな引っかかりを、また見過ごしてしまうかもしれない感覚

本文:
朝、いつもの時間に家を出ます。

同じ道を歩いているはずなのに、
その日はなぜか、足が少しだけ重く感じることがあります。

何かがあったわけではありません。

昨日と同じように起き、
同じように身支度をして、
同じように家を出ただけです。

駅までの道も、
信号も、
通り過ぎる車の音も、
いつもとほとんど同じです。

それなのに、
胸の奥に小さな引っかかりが残ることがあります。

電車に乗り、
スマートフォンを開けば、
ニュースや誰かの意見が流れてきます。

正しい言葉も、
怒った言葉も、
次々に目の前を通り過ぎていきます。

読んでいるうちに、
何かを知ったような気になります。

けれど画面を閉じると、
何が残ったのか、
よく分からないことがあります。

周りの人も、
同じように画面を見ています。

誰かが悪いわけではありません。
自分もその一人です。

ただ、静かな車内で顔を上げると、
みんな少しだけ黙っているように見えることがあります。

その中に立っていると、
この感じは自分だけのものではないのかもしれない、
と思うことがあります。

これでいいのだろうか。

そう思っても、
何が、というほどはっきりしていません。

それでも、
同じような朝が何度か続くと、
ただの気分ではないように思えることがあります。

そのとき胸に残るものは、
本当に自分一人だけのものなのだろうか。

そう思った瞬間、
いつもの道の見え方が、
ほんの少しだけ変わってきます。

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