何もない場所で立ち止まる

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何も置かれていない部屋に入ると、
かえって落ち着かないことがあります。

テレビもない。

音もない。

読みかけの本もない。

手元に触るものもない。

ただ静かな空間があるだけです。

最初は、
何もないように感じます。

けれど、
しばらくそこにいると、
自分の中のざわつきが、
少しずつ見えてくることがあります。

明日の予定。

言えなかった言葉。

気にしていること。

忘れたつもりだったこと。

何もない場所にいるはずなのに、
自分の中には、
いろいろなものが残っている。

そう気づくことがあります。

無という言葉は、
何もないことのように聞こえます。

けれど、
ただ空っぽという意味だけではないのかもしれません。

何かで埋めないことで、
かえって見えてくるものがあります。

この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。

昔の人なら、
何もないことを、
ただ不足している状態として見たのでしょうか。

それとも、
余計なものを置かないことで、
自分の心の動きを見る場所として受け止めていたのでしょうか。

分かりません。

ただ、
何もない場所で立ち止まると、
外の物音よりも、
自分の中の音が大きく聞こえることがあります。

そこから目をそらさずにいると、
少しだけ、
心の置き場所が変わることがあります。

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