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朝、湯のみを洗っているとき、
ふと手が止まることがあります。
特別なことをしているわけではありません。
水を出し、
茶渋を落とし、
布巾で拭いて、
棚に戻す。
ただ、それだけです。
けれど、
その何気ない動作の中で、
少しだけ心が静かになることがあります。
大切なことは、
どこか特別な場所にあるように思うことがあります。
遠くへ行くこと。
特別な修行をすること。
難しい本を読むこと。
もちろん、
そういう時間も大切です。
けれど、
日常の中にも、
見落としているものがあります。
茶碗を洗うこと。
玄関を整えること。
黙って座ること。
食事を味わうこと。
人に短く返事をすること。
そういう小さな動作の中で、
自分の心の乱れに気づくことがあります。
禅というものも、
遠い場所にだけあるのではないのかもしれません。
この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。
昔の人なら、
日常を、
ただの繰り返しとして見たのでしょうか。
それとも、
何気ない動作の中にこそ、
自分を整える入口を見ていたのでしょうか。
分かりません。
ただ、
特別ではない日を見落としていたと気づくとき、
いつもの動作が少しだけ違って見えます。
湯のみを棚に戻す。
それだけのことなのに、
今日一日を少し静かに始められることがあります。
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