最初の名を聞き流していた

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学校で聞いた名前を、
大人になってから思い出すことがあります。

そのときは、
年号や人物名の一つとして覚えていただけでした。

覚えるべき言葉。

試験に出るかもしれない名前。

それくらいのものとして、
通り過ぎていたのかもしれません。

けれど、
国の始まりに置かれた名前を考えるとき、
ただの知識では済まないように感じることがあります。

名前には、
それを呼び続けた人たちがいます。

口にした人がいて、
聞いた人がいて、
伝えようとした人がいて、
長い時間の中で残ってきた。

そう考えると、
最初の名というものは、
ただ古い人物名ではないように思えてきます。

神武天皇という名も、
遠い昔の名として見れば、
今の暮らしからは離れて見えます。

本当にあったことなのか。

どこまでを物語として受け止めればよいのか。

今の自分と何の関係があるのか。

そう思うこともあります。

けれど、
始まりの名が残されているということは、
それを忘れずに伝えようとした人たちがいた、
ということでもあります。

この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。

昔の人なら、
始まりの名を、
ただ覚えるための知識として見たのでしょうか。

それとも、
自分たちがどこから続いてきたのかを考えるための、
大切な手がかりとして受け止めていたのでしょうか。

分かりません。

ただ、
最初の名を軽く聞き流していたと気づくとき、
自分が立っている今も、
突然そこに現れたものではないように感じることがあります。

遠い名前のはずなのに、
少しだけ足元に近づいてくる。

そういう瞬間があります。

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