恥ずかしさだけがあとから残った

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その場では何も起きなかったのに、
あとから恥ずかしくなることがあります。

誰かに責められたわけではありません。

大きな問題になったわけでもありません。

そのまま忘れてしまっても、
誰にも分からないようなことです。

けれど、
家に帰ってから、
ふいに胸のどこかに残ることがあります。

少しずるいことをしたとき。

言わなくてもよい一言を、
つい言ってしまったとき。

本当は手伝えたのに、
気づかないふりをしたとき。

その場では、
うまく済んだように見えました。

けれど、
あとになって、
あれは少し違ったのではないかと思うことがあります。

恥という言葉は、
人前で失敗することのように思えます。

笑われること。

見られること。

顔が赤くなること。

そういう恥もあります。

けれど、
本当の恥ずかしさは、
人に見られたかどうかだけではないのかもしれません。

誰も見ていないところで、
自分だけが知っていることがあります。

あの言い方はよくなかった。

あそこで見ないふりをした。

あれは自分をごまかしていた。

そういうものは、
すぐには消えません。

この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。

昔の人なら、
恥を、
人前で面目を失うことだけとして見たのでしょうか。

それとも、
自分の内側にあとから残る痛みとして、
大切に受け止めていたのでしょうか。

分かりません。

ただ、
恥ずかしさがあとから残るということは、
自分の中にまだ見失っていないものがある、
ということなのかもしれません。

その小さな痛みを思い出すとき、
次に同じ場面に立った自分の姿が、
少しだけ変わることがあります。

【070・071・072】

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