和という言葉は、日本を語るときによく使われます。
調和。
争わないこと。
場を乱さないこと。
そうした意味で理解されることが多いように思います。
それはたしかに間違いではないでしょう。
けれども、和をただ「仲良くすること」とだけ捉えると、
どこか浅くなってしまうようにも感じられます。
なぜなら、和は単なる気分の良さではなく、
人と人とが一緒に成り立っていくための原理のようなものでもあるからです。
人はそれぞれ違う考えや感情を持っています。
それでも、まったくばらばらでは共同の生活は成り立ちません。
そこで必要になるのが、
違いを消すことではなく、
違いを抱えながら全体を保つことなのではないでしょうか。
その感覚が、日本では比較的強く意識されてきたように思えます。
もっとも、和はいつも良いこととしてだけ働くわけではありません。
場を乱さないことが過度に重視されれば、
言うべきことが言えなくなることもあります。
それでもなお、
なぜ和がこれほどまでに大切にされてきたのかを考えることには意味があります。
和とは、ただ対立を避けることではなく、
関係の中で全体を壊さずに保とうとする姿勢でもあるのかもしれません。
そのように見てみると、
和という言葉も、ずいぶん違って見えてくるのではないでしょうか。



