今だけで生きているわけではなかった

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古い写真を見ていると、
今の自分だけで生きているわけではないと感じることがあります。

そこに写っている人の顔を、
直接知っているわけではありません。

その人たちの声も、
暮らしも、
悩みも、
ほとんど分かりません。

けれど、
その人たちがいたから、
今の自分がある。

そう思うことがあります。

普段は、
今のことだけで手一杯です。

今日の仕事。

家計のこと。

人との関係。

明日の予定。

それだけで一日が過ぎていきます。

過去のことや、
これから先のことまで考える余裕は、
あまりありません。

けれど、
ふとした瞬間に、
今だけで切れていない時間を感じることがあります。

受け取ってきた言葉。

家の中に残る習慣。

季節ごとの行事。

昔から続いてきた挨拶や仕草。

そういうものは、
目立たない形で、
今の暮らしの中に残っています。

この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。

昔の人なら、
時間を、
ただ過ぎていくものとして見たのでしょうか。

それとも、
過去から受け取り、
今を生き、
次へ渡していくものとして感じていたのでしょうか。

分かりません。

ただ、
今だけで生きているわけではなかった。

そう気づくとき、
自分の一日も、
もう少し大切に扱いたくなることがあります。

古い写真を元の場所に戻すとき、
そこに写っている人たちの時間が、
まだ自分の足元に続いているように感じることがあります。

そして、
自分の今日もまた、
誰かに渡されていく時間の一部なのかもしれないと思うことがあります。

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