台所にも玄関にも気配がある

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台所をきれいにしてから寝ると、
少しだけ気持ちが落ち着くことがあります。

誰かに見せるためではありません。

大きな意味があるわけでもありません。

けれど、
流しに何も残っていないことや、
玄関の靴がそろっていることに、
どこか静かな安心を覚えることがあります。

神道というと、
神社や祭りを思い浮かべます。

鳥居。

神主。

祝詞。

特別な日。

そういうものとして考えることがあります。

けれど、
神道的な感覚は、
それだけに限らないのかもしれません。

水を大切にすること。

火を粗末にしないこと。

玄関を整えること。

食べものに手を合わせること。

山や川や木に、
何となく遠慮を感じること。

そうした小さな感覚は、
日々の暮らしの中にも残っています。

深く説明されなくても、
何となく粗末にしてはいけないと思うものがあります。

この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。

昔の人なら、
神様を神社の中だけに置いていたのでしょうか。

それとも、
台所にも、
玄関にも、
庭にも、
井戸にも、
見えないものへの慎みを感じていたのでしょうか。

分かりません。

ただ、
暮らしの中にある小さな気配を思うとき、
神道という言葉は、
少しだけ身近になります。

台所にも玄関にも、
ただの場所ではない何かが、
静かに残っているように感じることがあります。

【057】

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