日本の神様は話すことができるのか

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日本の神様は、
話すことができるのでしょうか。

そう考えると、
少し不思議な気持ちになります。

声として聞こえるのか。

誰かに命じるのか。

それとも、
昔の人が受け取った大切な言葉として、
長く残されてきたものなのか。

すぐには分かりません。

けれど、
家の中でも、
人の言葉があとから重くなることがあります。

その時は聞き流していた一言。

何年も経ってから、
急に思い出す言葉。

親や祖父母が、
何気なく言っていたこと。

そういう言葉が、
あとになって自分の中で生きてくることがあります。

神様の言葉というものも、
ただその場で聞いて終わるものではなかったのかもしれません。

受け取った人がいる。

守ろうとした人がいる。

次へ伝えようとした人がいる。

そう考えると、
神勅という言葉も、
ただ遠い昔の出来事ではなく、
何を受け継ぐのかという問いに近づいてきます。

この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。

言葉は、
声に出された瞬間だけのものではありません。

残る言葉があります。

渡される言葉があります。

何度も思い返される言葉があります。

日本の神様は話すことができるのか。

その問いにすぐ答えることはできません。

ただ、
昔から伝えられてきた言葉の前で、
少しだけ黙ってみることはできるのかもしれません。

【055〜056】

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