比べたら見えなくなった

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何かを理解しようとして、
すぐに比べてしまうことがあります。

これは何に似ているのか。

どこが違うのか。

どちらが正しいのか。

そう考えると、
分かりやすくなることがあります。

けれど、
比べることで、
かえって見えなくなるものもあります。

日本の神さまを考えるときも、
同じかもしれません。

他の宗教と比べることはできます。

一神教か。
多神教か。
教義があるのか。
戒律があるのか。

そうした整理は、
たしかに一つの見方です。

けれど、
それだけで分かったことになるのでしょうか。

神社の前で足をゆるめる感じ。

山や川を粗末にしない感覚。

季節の行事を、
深く考えないまま続けていること。

家の中で、
何となく手を合わせる時間。

そういうものは、
分類だけでは見えにくいものです。

この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。

昔の人なら、
神さまを、
何かと比べて理解していたのでしょうか。

それとも、
暮らしの中で出会い、
感じ、
受け止めていたのでしょうか。

分かりません。

ただ、
比べることは大切です。

けれど、
比べる前に、
そこにどんな感覚が残っているのかを見たい。

そう思うことがあります。

日本の神さまを考えるとき、
他と違うかどうかだけでなく、
自分たちの暮らしの中でどう受け止めてきたのか。

そこに目を向けたとき、
見えなかったものが、
少しだけ近づいてくることがあります。

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【053〜054】

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