正しさの根っこを見失った

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正しいことを言っているはずなのに、
あとで苦く残ることがあります。

間違ったことを言ったわけではありません。

相手を傷つけるつもりもありません。

それでも、
言い方や、
その場の空気や、
相手の表情を思い出すと、
本当にあれでよかったのかと思うことがあります。

正しさは、
一見分かりやすいものです。

間違っているか。
合っているか。
損か得か。
筋が通っているか。

スマートフォンの中でも、
多くの正しさが流れてきます。

誰が悪い。
何が間違っている。
こうするべきだ。

その一つ一つは、
間違っていないのかもしれません。

けれど、
正しさの根っこが見えないまま、
言葉だけが強くなると、
人との間が少しずつ固くなっていくことがあります。

倫理という言葉は、
今では難しく聞こえます。

けれど、
それは遠い理屈だけの話ではないのかもしれません。

誰かを粗末にしないこと。

受けてきたものを忘れないこと。

自分の都合だけで動かないこと。

そうした小さなところに、
正しさの根があるように感じることがあります。

この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。

昔の人なら、
倫理の根拠を、
ただ規則の中にだけ見たのでしょうか。

分かりません。

ただ、
正しさを語る前に、
自分は何に支えられてその正しさを言っているのか。

そこを見失うと、
正しい言葉ほど、
人を苦しくすることがあるのかもしれません。

【049〜050】

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