遠くへ行かなくてもよかった

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遠くへ行けば、
何かが変わるような気がすることがあります。

静かな場所へ行く。

特別な時間を作る。

日常から離れる。

そうすれば、
今より少し落ち着けるのではないかと思うことがあります。

もちろん、
そういう時間も大切です。

けれど、
遠くへ行かなければ何も始まらない、
というわけでもないのかもしれません。

朝、湯のみを洗うこと。

玄関の靴をそろえること。

机の上を少し片づけること。

誰もいない部屋で、
窓を開けること。

どれも特別なことではありません。

人に見せるためでもなく、
何かを成し遂げるためでもありません。

それでも、
そういう小さな動作の中で、
自分の心が思ったより乱れていたことに気づくことがあります。

禅という言葉を聞くと、
遠い場所や、
特別な修行を思い浮かべることがあります。

けれど、
本当にそれだけなのでしょうか。

昔の人なら、
静けさを、
日常から離れた場所だけに求めたのでしょうか。

それとも、
掃くこと。

拭くこと。

座ること。

黙って一つの動作をすること。

そうした日々の中にも、
自分を整える入口を見ていたのでしょうか。

分かりません。

ただ、
遠くへ行かなくても、
いつもの暮らしの中で、
少しだけ立ち止まれる瞬間があります。

その瞬間に気づくと、
何でもない動作が、
ほんの少しだけ違って見えてきます。

【065・066】

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