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孝という言葉を聞くと、
親を大切にすることだと思います。
それは間違いではないのでしょう。
けれど、
それだけで終わる言葉なのかと考えると、
少し立ち止まることがあります。
親の言葉を思い出すことがあります。
昔、何気なく言われたこと。
その時はうるさく感じたこと。
大人になってから、
ようやく少し分かるようになったこと。
そういうものがあります。
人は、
自分一人で大きくなったわけではありません。
食べさせてもらった時間。
待ってもらった時間。
見逃してもらったこと。
叱られたこと。
黙って支えてもらったこと。
普段は、
それらをいちいち思い出しません。
けれど、
誰かにきつい言葉を言いそうになったとき、
ふと親の顔が浮かぶことがあります。
そんな言い方をしてよいのか。
そう問われたように感じることがあります。
孝は、
親子だけの話なのでしょうか。
昔の人なら、
孝を、
家の中だけの道徳として見たのでしょうか。
それとも、
受けてきたものを忘れない心が、
外で人と向き合うときにも現れるものとして受け止めていたのでしょうか。
分かりません。
ただ、
受けてきたものを忘れない人は、
他人を粗末にしにくいのかもしれません。
自分だけで立っていると思わない人は、
人との関わり方も少し変わるのかもしれません。
孝という言葉は古く聞こえます。
けれど、
その奥には、
自分が受け取ってきたものを忘れないという、
静かな重さが残っているように感じます。





