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朝、湯気の立つ味噌汁を見て、
少しだけ気持ちが静まることがあります。
特別な料理ではありません。
いつもの食卓です。
けれど、
疲れが残っている朝ほど、
その一杯に助けられているように感じることがあります。
暮らしは、
自分の力で何とかしているように見えます。
起きる。
働く。
買い物をする。
支払いをする。
家のことを済ませる。
毎日はその繰り返しです。
けれど、
よく見ると、
その一つ一つの後ろには、
たくさんの支えがあります。
食材を運ぶ人。
店を開ける人。
家の中を整える人。
何も言わずに待っている人。
昨日まで続いてきた習慣。
普段は、
そこまで考えません。
忙しければなおさらです。
家計のこと。
仕事のこと。
家族のこと。
スマートフォンに流れてくる正しさや怒り。
目の前のものを片づけているだけで、
一日が過ぎていきます。
この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。
昔の人なら、
日々の暮らしを、
自分一人の力だけで成り立つものとして見たのでしょうか。
それとも、
見えない支えに囲まれているものとして、
もう少し静かに受け止めていたのでしょうか。
分かりません。
ただ、
暮らしは大きな理屈ではなく、
小さな支えの積み重ねで続いているのかもしれません。
そう思うと、
いつもの味噌汁も、
ただの朝食ではなく、
今日を始めるための静かな支えのように見えてきます。





