長い文章を読み終えたあと、
最後の一文だけが胸に残ることがあります。
途中の説明は、
すべて覚えているわけではありません。
けれど、
最後に置かれた言葉だけが、
あとから何度か戻ってくることがあります。
仕事のメールでも、
家族との会話でも、
同じようなことがあります。
何を言われたかより、
最後にどんな言葉で終わったかが、
思っていた以上に残ることがあります。
結びの言葉は、
ただ話を終えるためだけのものではないのかもしれません。
そこには、
それまで語られてきたことを、
もう一度静かに受け止めさせる働きがあります。
スマートフォンの中では、
次々に言葉が流れていきます。
読み終える前に次が来て、
考える前に別の意見が来ます。
その速さの中では、
最後に残るものを味わう時間が、
少なくなっているのかもしれません。
この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。
昔の人なら、
結びの言葉を、
ただ形式として見たのでしょうか。
それとも、
そこに全体を受け止めるための大事な重みを見ていたのでしょうか。
分かりません。
ただ、
最後の言葉には、
答えを急がせるのではなく、
自分の中に戻らせる力があることがあります。
読み終えたあと、
すぐに次へ行かず、
少しだけ立ち止まる。
その短い時間に、
分かったと思っていたものが、
もう一度違う重さで見えてくることがあります。


