👁 69 回閲覧
遠くにあるのに、
心の向きを整えてくれるものがあります。
毎日見るわけではありません。
直接言葉を交わすわけでもありません。
けれど、
それがあることで、
自分の立つ場所が少し確かになる。
そういう存在があります。
家を離れて暮らす人が、
ふと実家の方角を思うことがあります。
もう会えない人の言葉が、
今でも自分の振る舞いを止めることがあります。
遠くにあっても、
心の中で大切な位置を占めているものがあります。
尊皇という言葉は、
今では少し硬く聞こえます。
歴史の中の言葉。
運動や思想の言葉。
自分の暮らしから遠い言葉。
そう見えることがあります。
けれど、
天皇を思い続ける心は、
本当に遠いものだったのでしょうか。
昔の人なら、
天皇を、
ただ政治上の存在として見たのでしょうか。
それとも、
自分たちの暮らしの奥にある、
変わらない中心として受け止めていたのでしょうか。
分かりません。
ただ、
人には、
直接触れられなくても、
心の中で向きを整える中心があります。
遠くにあるからこそ、
かえって大切に思えるものがあります。
そう考えると、
尊皇という言葉も、
単なる古い政治語ではなく、
人が何を中心にして生きるかという問いに近づいて見えてきます。
遠くの存在を思うことが、
自分の足元を静かに整えることもあるのかもしれません。
【078】





