疑問:
なぜ、いろいろな説明に触れるほど、かえって元の言葉に戻りたくなるのだろうか
揺らぎ:
過去:誰かの説明を読めば分かったような気がしていた日
現在:説明が増えるほど、かえって迷いが深くなる瞬間
未来:元の言葉に触れないまま、分かったつもりで通り過ぎてしまう感覚
本文:
何かを調べていると、
説明がいくつも出てくることがあります。
分かりやすい要約。
短い解説。
強い意見。
誰かの受け止め方。
最初は便利だと思います。
難しいものを、
誰かが先に整理してくれているようで、
ありがたく感じることもあります。
けれど、
いくつも読んでいるうちに、
かえって分からなくなることがあります。
同じことを言っているはずなのに、
少しずつ違う。
大事にしているところも違う。
怒っている人もいる。
軽く扱っている人もいる。
そうしているうちに、
自分が見ているものが、
もとの言葉なのか、
誰かの考えなのか、
分からなくなることがあります。
暮らしの中でも、
似たようなことがあります。
人から聞いた話だけで判断したり、
短い説明だけで納得したり、
あとになって、
本当はどうだったのだろうと思ったりします。
説明が悪いわけではありません。
説明に助けられることは多いです。
ただ、
迷いが深くなったときには、
誰かの言葉をいったん脇に置きたくなることがあります。
この感じは、
自分だけのものなのでしょうか。
昔の人なら、
大切なことを考えるとき、
誰かの説明だけで済ませたのでしょうか。
それとも、
迷ったときほど、
もとの言葉へ戻ることを大切にしたのでしょうか。
分かりません。
ただ、
元の言葉へ戻りたくなるのは、
難しいものをありがたがるためではないのだと思います。
自分の目で、
一度たしかめたい。
そう思うことがあります。
急いで分かろうとする気持ちが静まったとき、
はじめて見えてくるものもあるのかもしれません。

