一つとして見えてくるもの

物事を理解しようとするとき、私たちは部分ごとに分けて考えることがよくあります。

歴史は歴史。
宗教は宗教。
思想は思想。
生活は生活。

そのように分けることで、整理しやすくなる面はたしかにあります。

けれども、分ければ分けるほど、
かえって見えにくくなるものもあるのではないでしょうか。

本来つながっているものを、
別々のものとして見てしまうと、
なぜそのような考え方や感覚が成り立っているのかが、わかりにくくなることがあります。

たとえば、日本の歴史を見ても、
祭りや道徳、家族観や統治のあり方は、
まったく無関係に並んでいるのではないように思えます。

むしろ、何か一つの流れの中で、それぞれが関係し合っているようにも見えてきます。

もっとも、最初からすべてを一つとして理解することは難しいでしょう。
だからこそ、多くの場合は部分から入るほかありません。

けれども、部分だけを見ていると、
かえって誤解が生まれることもあるように思えます。

一つひとつの知識が大切であることは間違いありません。
ただ、それらが何の中で成り立っているのかを見る視点も、
同じように大切なのではないでしょうか。

一つとして見えるということは、
単純にまとめるということではありません。

ばらばらに見えていたものが、
実はどこかでつながっていたと気づくことです。

その気づきがあると、
それぞれの意味もまた、少しずつ変わって見えてくるのではないでしょうか。 

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